NYLY Diary

Nowhere better than this place.

NYLY

 70年代末、 ニューヨーク市の財政は破産の危機に直面していた。公害、犯罪の増加、物価の高騰などで850万人いた人口は750万人まで落ち込み、 街のゴースト・タウン化が真剣に心配されるありさまだった。そんな切羽詰った状況の中、ニューヨーク州商務局は広告代理店のウエルズ・リッチ・グリーン社を起用し、”I LOVE NY” というキャンペーンを行った。「コーラス・ライン」や「グリース」といった、 ブロード・ウエイのヒット・ミュージカルのワンシーンで、”I LOVE NY” を次々と歌わせるテレビCMは大ヒットをし、多くの観光客を再びこの街に呼びよせることに成功した。

 これに気をよくしたニューヨーク州は、再び50万ドルの予算をつぎ込んで、キャンペーンを行う。その時用意されたコピーが、このサイトのタイトルになっている “N.Y. LOVES YOU” だ。 “I LOVE NY”のように大成功とはいかなかったのだろう。”N.Y. LOVES YOU”のコピーは、御土産屋の店先のコップやTシャツのロゴとしても、人々の心にも残ることもなく、ひっそりと消え去ってしまっている。

 ’98年の夏もありがたいことに、ニューヨークに行く機会にめぐまれた。独立記念日にイースト・リバーの夏の夜空に打ち上げられる、メーシーズの花火を見た。SYMSやCentury21でバーゲンハンターと化し、アッパー・イースト・サイドのスリフト・ショップをお宝を求めて歩きまわった。レンタカーでマンハッタンを抜け出し、アウトレットのウッドベリー・コモンへ行った。MoMAやホイットニー美術館で、大好きなE.ホッパーの絵を飽きもせず眺め続けた。オフ・ブロードウェイ、アスタープレース・シアターで”BLUE MAN”のパフォーマンスにエキサイトした。空前の好景気に沸く、初夏のマンハッタンだった。

 なぜこんなにニューヨークが好きなんだろう。いつからこんなにニューヨークのことを好きになったのだろう。何かあれば「ニューヨーク!ニューヨーク!」って。それでも、ひとりで本なんかを集めたりしているうちは、まだ良かったのかもしれない。今回はよりによって、こんなサイトまで始めてしまった。ニューヨークのことなどたいして知りもしないくせに …。

 初めてニューヨークの街を歩いたあの日からこの街のとりこになった。もっともっと、この街のことを知りたいと思った。好きな女の子のことならどんな些細なことでも知りたがった、あの日のように。
映画 「ティファニーで朝食を」の中で、ヒロインのジーンはこうつぶやく。
「何ひとつ、ほんとうにあたしのものというわけじゃないけど、
  でもやっぱり、何となくニューヨークが自分のもののような気がするわ」

 ジーン、君の言うとうりだ。僕もそんな気がしてしかたないよ。

                                                       
     ニューヨーク・ラブス・ユーをスタートするにあたって JOJO  2000.01.19

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